趣味どき おとなの歩き旅 秋 第2回 武家の名残の城下町 岡山・高梁 NHKEテレ

2018年10月スタートの趣味どき水曜放送シリーズは「おとなの歩き旅 秋」と題して、この秋訪ねてみたい山城、低山、朝市・陶器市の町、古街道の歩き方を紹介するシリーズ全9回です。10月10日放送の第2回は、「武家の名残の城下町 岡山・高梁」。武家の名残の城下町を訪ねます。

クリック⇒第1回 天空の城歩き 岡山・備中松山城

海・山・町を再発見! おとなの歩き旅―秋 (趣味どきっ!)

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趣味どき おとなの歩き旅 秋 第2回 武家の名残の城下町 岡山・高梁

放送日:2018年10月10日(水)

放送時間:夜9:30~9:55 NHKEテレ

再放送:2018年10月11日(木) 午前10:15~10:40 NHK総合

再放送:2018年10月17日(水) 午前11:30~11:55 NHKEテレ

出演者

旅人 とよた真帆

出典:http://www.topcoat.co.jp

羽場裕一

出典:http://www.siscompany.com

城郭ライター 萩原さちこ

全国のお城に詳しい城郭ライター。訪ねたお城は1000箇所以上の達人。

出典:http://ordinary.co.jp

頼久寺住職…生島裕道

出典:http://blogimg.goo.ne.jp

番組内容

岡山・高梁(たかはし)川沿いに広がる、備中松山城の城下町。歴代の城主は、普段、臥牛山山頂の天守ではなく、麓の「御根小屋」と呼ばれる居館で過ごした。ここを起点に、武家屋敷、町人町、寺町などが配置された町並みを「町割図」を参考に散策、城下町の成り立ちを学ぶ。柚子(ゆず)の香り豊かな「ゆべし」と呼ばれる和菓子の老舗や、小堀遠州ゆかりの枯れ山水の庭を鑑賞するなど、いにしえの城下町の風情をゆったりと楽しむ。

引用元:tv.yahoo.co.jp

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岡山県高梁市 備中松山城の城下町

天空の城として有名な備中松山城。

本日の大人の歩き旅の舞台は、麓に広がる城下町、岡山県高梁市を歩きます。

歩くことで城下町の知られざる魅力が見えてくる

江戸時代の面影が残る町並み。

山と川に囲まれたこの地が、発展を遂げたその秘密にも迫ります。

城下町ならではの名物も登場。

今回もとよた真帆さんと羽場裕一さん、そして城下町の歩き方を教えてくれる城郭ライターの萩原さちこさんに案内してもらいました。

備中松山城の城下町は高梁川と山に挟まれた細長い土地に広がります。

街歩きはお城のある山の麓からスタート。

早速立派な石垣が見えてきました。

出典:http://takahashiryuiki.sakura.ne.jp

これはお城の跡なのだそうです。

備中松山城は標高430mの山の上にあって不便だったようで、山麓の御根小屋がお殿様が住むお城として江戸時代は機能していました。付近の人々は御根小屋のことを親しみを込めて「お城」と呼んでいたようです。

この石垣はずっと続き、高梁高校の石垣にもなっています。

出典:https://blogs.yahoo.co.jp

また市内を小高下谷川という、お城のすぐ脇を流れる用水路のような小川が流れているのですが、これはお城を覆う内堀の役目を果たしていました。

出典:https://www.google.co.jp

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城下町歩きを楽しむポイント①町割図をもとに歩く

城下町の基本的な構造は、城主が暮らす城の周囲に武士が暮らす侍町、その外側に町人が暮らす町人町、更にその外に寺が立ち並びます。

川と山に挟まれたこの高梁の町は、どのような構造になっているのでしょうか。

さらに内堀沿いに進みます。

武家屋敷通り

出典:https://ameblo.jp

備中松山城の城下町は、北にお城で南北に武家屋敷通りが広がっている形で、端まで武士が住む屋敷でした。お城に近いほうに家老や上級武士が住んでいたので、格が高い屋敷がお城に近い場所に建っていました。

武家屋敷「旧折井家」

折井家は禄高160石の典型的な中級武士。

出典:http://turtlewalktraveler.com

一般公開されている武家屋敷の一つです。

出典:http://turtlewalktraveler.com

門をくぐると立派な日本庭園。

出典:http://turtlewalktraveler.com

屋敷玄関にはお出迎えの侍(人形)がいて、ちょっとびっくり。

出典:http://turtlewalktraveler.com

人形で当時の生活を再現しています。

出典:https://blogs.yahoo.co.jp

玄関は「式台」といって、身分の高い客を迎える専用の玄関で、何段か高くなっています。これは、足元を汚さずにかごに乗るために設けられています。こうした作りは武家屋敷ならではです。

石火矢町

出典:http://www.city.takahashi.lg.jp

石火矢町にも公開されている武家屋敷があります。

「旧榛原家」です。折井家に比べてお城より少し遠くて120石の家なのですが、備中松山城の城主である板倉氏というお殿様のお母様の実家で、格式は高かったようです。

出典:https://www.okayama-kanko.jp

基本的には城に近いほど身分が高いということを知っているだけでも、見方が変わってきますね。

名残を留めるのは建物だけではありません。道路もお城での通路にあった「桝形虎口」という90度にまがった道のような構造が多く見受けられました。通路では「桝形虎口」でしたが、道路では「かぎの手」と呼ばれる90度に曲がった道がすぐにまた90度曲がるというクランクになった道で、町の防御のためのものです。

紺屋川

出典:http://tabico.jp

自然の川ですが、こちらもお城の外堀として活用されていました。

備中松山城の城下町は、西に高梁川、南北に紺屋川が走っていて、城下町はその2つの川に守られていました。

外堀の両岸には、日本の道100選にも選ばれた美しい景観が広がります。

一行は紺屋川沿いをぶらり。

「松山往来」街道に出ました。

すると・・・

出典:http://kaidouarukitabi.com

どこまでも真っ直ぐな道。

高梁川沿いに真っ直ぐ伸びる街道。その両側に町人の町が広がります。

風情ある城下町ならではの町並みを歩きましょう。

なぜ備中松山城の城下町が栄えたのでしょうか。

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城下町歩きを楽しむポイント②城下町が栄えた理由

高梁川

出典:https://ja.wikipedia.org

松山の城下町が繁栄した秘密はこの高梁川にあるのです。

高梁川は南に向かうと倉敷で瀬戸内海に注ぎます。

この地は、近隣の阿哲成羽の鉄、吹屋の銅と、鉱物に恵まれた場所でした。江戸時代に、中国山地の恵みを流通させるために、この高梁川が高瀬舟を使っていました。

高瀬舟は当時荷を満載してこの川を往来しました。この高梁の町は鉱物をはじめ、和紙や漆、煙草などの物産を運ぶ水運の拠点とし繁栄しました。つまり、高梁川は流通の大動脈として、道の代わりをしていたのです。

高梁市の名物

続いて一行は、城下町ゆかりの「ゆべし」のお店に入りました。江戸時代から続くお店「天任堂」です。

出典:出典:https://www.google.co.jp/

6代目店主の土屋碩三(つちや せきぞう)さんがお出迎えてくれました。

江戸末期から地元の素材のゆずや備中米を使って作ったのが「ゆべし」です。

出典:https://tabelog.com

ゆべしは、蒸した米粉に砂糖、水飴、ゆずの皮を加えて練り上げた上品なお菓子。昔ながらの製法を今なお受け継いでいます。

かつでは殿様にも献上されていた伝統のゆべしを店内で特別に試食させてもらっていました。

お餅のお菓子でしっかりと甘くて、ゆずの清涼感もあル上品な味です。

現在ゆべしを作るのは、このお店のみだそうです。

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城下町歩きを楽しむポイント③お寺のもう一つの役割

一行は備中高梁駅の近くへと進んできました。

遠くにお城のある山が見えます。

東向山松連寺

さらに歩くと立派な石垣とお城のような屋根をもつ建物が眼前に広がりました。

東向山松連寺です。城下町の外れにあります。

出典:http://limestone.blue.coocan.jp

1615年の武家諸法度が出た後は、お城を新築したり勝手に改修したりということが自由にできなくなったため、お寺を出城としていざという時に駐屯できるような用途をことが全国的にあります。特に、立派な石垣を持つ寺は、出城としての機能もあったようです。多くの城下町では、町の最も外側に寺町が造られていて、城の防衛戦の役割も担っていたのです。敵の進入路となるエリアに寺が集中して建っていることが多く見受けられます。

山の麓に並ぶ寺には、いざという時にいざというときに備えて石垣があるのです。

この寿覚院も立派な石垣を持つ寺。

出典:http://www.sukima.com

巨福寺にも石垣。

出典:http://高梁.jp

頼久寺にもお城のような立派な石垣。

出典:http://高梁.jp

この頼久寺は、14世紀に足利尊氏が諸国に命じて建立させた安国寺の一つで、歴代城主の庇護も受けた由緒ある寺院。

出典:https://46meg.com

住職は生島裕道さん。

出典:http://blogimg.goo.ne.jp

頼久寺の見事な日本庭園。

出典:http://raikyuji.com/

入り口を狭くして、中を大きく一望できるのが日本庭園の良いところで、特に頼久寺の庭園は回遊するのではなく、座って鑑賞する座観式庭園です。

そのため、構図も座って眺めるように設計されています。

以下の写真のように、座ったと同時にお庭と山が一望できます。

出典:https://46meg.com

写真左奥は「愛宕山」。この山を中心として自然の景観を取り入れています。

当時の大名で小堀遠秋が策定されたと言われています。

出典:https://pl.wikipedia.org

備中松山藩の国奉行として赴任した小堀遠秋が手掛けた枯山水庭園。

出典:http://raikyuji.com

庭園の中央の岩はおめでたい鶴と亀を表します。

これが鶴。

出典:http://raikyuji.com

そしてこれが亀。

出典:http://raikyuji.com

サツキの刈り込みは波に見立てています。

出典:http://raikyuji.com

樹木を大胆に切り込む形式は、小堀遠州が西洋の庭園の影響を受けて始めたものと言われています。日本庭園には、ヨーロッパの影響もあったようです。

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まとめ

訪ねてみれば新しい発見があります。これも歩き旅ならではですね。

ただ歩くだけでは通り過ぎてしまうところを、説明を受けながら歩くことで、見るものに奥行きが感じられて、タイムトリップしているような感覚になります。

町の成り立ちを考えながら、また知っている人に話を聞きながら、いろいろ歩いて回るのも、ちょっと違った楽しみ方ができる大人の歩き旅の醍醐味ですね。

この週末、ぜひ出かけてみてください!

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